無境むきょうからだ

 

意識の中にも、制限を作り出している恐れによる習慣発見し、それを手離し易い場所があると言うことになる。

 

前回記事にて、この様に書かせて頂いた

 

制限は、「これ」と「それ」は違うとしてモノコトに線を引き、境界を設けることで強化される。

 

本日は境目について、以前に不思議だな感じたのを切っ掛け始めたことが、もたらした変化について申し上げることにする。

 

 

ある日ふと、御神体清潔にする時に使用する様々なアイテムについて、

 

「あれ、何で分けているのだっけ?」

 

と、なった。

 

大体、人は分けるのである。

 

頭・体・そして顔と。

 

 

勿論、多彩な商品による新体験楽しむ為に、虚空生み出したものでもあるだろう。

 

だが、「実際、分けないと何か支障が出るのか」問い浮かぶ

 

そうした問い生まれると言うのも又、虚空からのメッセージ

 

そんな訳で、試してみることにした。 

 

 

頭の天辺から足の先まで、全て同じ石鹸で洗う。

 

頭については毛髪に適した酸性のものを少量使用して更に洗い仕上げには油分を足す。

 

この油分は髪だけでなく、顔含め身体の何所にでも塗れるものである。

 

顔含む身体については油の前に、水分と油分を足した様なものを塗っているが、それも一種類

 

 

これはあくまで実験であり、このやり方を別に推奨するものではない

 

要は、分けないと支障が出るのかを知りたかった訳だが、結果として支障はなかった

 

面白いことはあった。

 

洗ったり濯いだり塗ったりつけたりを行う時、そこに境目がない

 

するとふとした瞬間に、存在に境目はないことを実感するのだ。

 

全体ぜんたいすべからだ

 

(2026/5/14)