やわらか素材ではあるものの、やたらと長くなりました。

 

あいすみませんが、週末の空き時間を利用されるなどして、気長にご覧下さい。 

 

では記事へ。

 

 

《100まんびきのねこ》
 

 

2018から遡ること90年。1928に、『100まんびきのねこ』は出版された。

 

本日はこの奇妙な物語についてご紹介。


冒頭、「とても としとった おじいさん」と、「とても としとった おばあさん」が、ふたりの住む「こぢんまりした きれいな いえ」と共に登場する。

 


に囲まれた綺麗な家、けれども夫婦は幸せではなかった。

 

ふたりとも、何でかとてもさびしかったのだ。

猫が一匹いたらねぇ、と溜め息をつくおばあさんに、おじいさんは「わたしが、ねこを 一ぴき とってきて やろうよ」と言って出かける。

ひのあたるおかをこえ、すずしいたにまもとおり、長い間あるいて、ついに猫でいっぱいの丘に到着する。

 


そこにも ねこ、あそこにも ねこ、
どこにも、かしこにも、ねこと こねこ、
ひゃっぴきの ねこ、せんびきの ねこ、
ひゃくまんびき、一おく 一ちょうひきの ねこ。

探していた猫が見つかり、「ああ、よかった!」と喜ぶおじいさん。

「さあ これで、このなかから、いちばん きれいな ねこを えらんで つれてかえれば いいんだ」

 

 

おじいさんは中から「しろいねこ」をひろいあげ、帰ろうとした所で同じくらい可愛い「しろくろのねこ」を発見。


それもひろうと今度は

 

「はいいろのねこ」

「ずっとむこうのすみにいるねこ」

「まっくろいねこ」

「とらのこのようなねこ」

 

と、辺りを見回す度にきれいな猫が見つかって、どれも置いて行くことが出来なくなり、何と結局

知らない間に、そこにいる猫をみんな拾い上げて、連れて行くことになってしまう。


知らない間も何も自ら決めたことのはずだが、とにかくおじいさん&全猫は出発。

途中で池の水を全猫で飲んで干上がらせたり、野原中の草を食べて丸坊主にしたり、やたらと燃費の高い一団になってしまった。

到着するとおばあさんに、猫が一匹欲しいと言ったのにこれは何だとビックリされるおじいさん。

 

そりゃそうだ。


ふたりには全猫にごはんをあげるだけの資力がないことを妻に説明され、「ああ、それには きがつかなかった」と、言うおじいさん。

彼らはどの猫を家に置くか、猫達に決めさせることにする。
ここで、おじいさんが又やらかす。ふたりと一緒に住みたいか、とかではなく

「おまえたちの なかで、だれが いちばん きれいな ねこだね?」

と、訊いたのだ。

 


猫達はそれぞれに自分が一番綺麗だと思っていたので、口々に名乗りをあげ、結果大混乱

激しい喧嘩を始めた猫達に、大急ぎで家に逃げ込むおじいさんとおばあさん。

やがて、辺りが静かになったので様子を見ると、猫達は居なくなっていた

 


「きっと、みんなでたべっこして しまったんですよ」

とか、さり気なく恐ろしいことを言うおばあさん。しかも、可哀想とか申し訳ないとかじゃなく

「おしいことを しましたねぇ」

しょっちゅうやらかすおじいさんと、結構似合いの夫婦かも知れない。

 

おしいことになった食べっこファイトで全滅したかに思えた猫達だが、一匹だけ残っていた。草の間に座っていた、

「ほねと かわばかりに やせこけた ねこ」


何故無事だったのかと尋ねるふたりに猫は、自分はただの みっともない ねこなので、おじいさんが「どの ねこが いちばん きれいか聞いた時に何も言わなかった。

 

だから誰も自分にかまわなかったと答える。

ふたりはその猫を連れて帰る。

 

 

おばあさんがお湯で洗って良くこすると、猫の毛は柔らかくフワフワに。

 

それから毎日ミルクを沢山飲ませたら、骨と皮ばかりだったただの みっともない ねこは、間もなくかわいらしい まるまるとした ねこに変わった。

おばあさんがやっぱりとても綺麗な猫だと褒めると、おじいさんも世界で一番綺麗な猫だ、自分にはそれが分かる、と言う。何故なら、

 

 

ひゃっぴきのねこ、せんびきのねこ、
ひゃくまんびき、一おく 一ちょうひきの ねこ。

を、見て来たから。

これで、『めでたし』な感じで終わっている。

 

不覚時代にこの絵本を読んだ時は、「老人の我欲で可愛い猫が大量没シュート。ひどいぜ、おじいさん!」と腹を立てていた。

 

反省の色もないし。


目が覚めてようやく、この奇妙な物語の中に、大変深いメッセージが織り込まれていることに気づいた。

「とても としとった おじいさん おばあさん」は、長いこと不覚の人生を旅して来た分割意識御神体

何不自由なくても結局満足できていない彼らの生活を、元から輝かせる“歓びの

 

ここでの「かわいい ちいさい ふわふわした」猫は、ゼロポイントを象徴している。

御神体の為に、ゼロポイントを求めて内側を旅する分割意識

 


だが、やっと見つけたならゼロポイントであれ、「一番きれいなもの」が欲しいなと、不覚の分割意識は思ってしまう。

一番きれいなもの、とは言い換えれば

一番信頼出来るもの
一番価値がありそうなもの
一番説得力がありそうなもの
一番人気がありそうなもの

等になる。

すると、どの姿の猫、どんなゼロポイントの教えも「何だかどれも大事な風に思えて来る」


集めても集めても「まだ足りない様な気になり」、ついにはとっ散らかったまま、御神体の元に大集合させてビックリされることになる。

この作品にはそんな「つい集めちゃう分割意識達」へ向けた、事態収拾方法が描かれている。

全猫を一旦手放して、カミさんである御神体と共に、静観すること。

すると、散らかっていた正しそうな選択肢は皆片付き、本当に必要かつ適正な「猫一ぴき」が残る。

その猫は「いちばん きれい」を主張しない、目立たないものかも知れない。

それを自ら磨く。自ら生育する。


するとまさにそれが「最もきれいなもの」であったことが明らかになる。

「現在も出版される、アメリカで最も古い絵本」として人々に深く愛され続けている『100まんびきのねこ』には、

本当に必要なものを洗い出す時には一旦全てから平等に手を離す

その大切さが描かれていたのだ。
 

離れて観れば自然に収拾。

(2018/2/22)