週明けから、大変長い記事になりました。

 

誠にあいすみませんが、少しずつ区切る等なさって、飽きない程度にいい塩梅でご覧下さい。

 

では記事へ。

 

 

《秘密の花園》

 

梅の枝に花が開き初め、他の植物達を見ても日に日に芽や蕾の育つ勢いが増している。

それを感じていて小説『秘密の花園』のことが、ふと浮かんだ。

冬から春に移り変わるこの季節にぴったりの物語。
 
世界的に有名な小説でご存知の方も多いかも知れないが、大まかなストーリーをご紹介する。

 


インドに駐留するイギリス軍の大尉で、社会的地位もあり裕福だが家庭より仕事優先の夫。
誰もが褒めそやす美貌に恵まれ、家庭より着飾ってのパーティー三昧の妻。

そんな両親の元に生まれたメアリ。

放っとかれたまま育った為に、気に入らないことがあると使用人に当たり散らす、癇癪持ちでつむじ曲がりなお嬢さんになった。

それがある時、突然に土地を襲ったコレラで両親を亡くし、メアリの生活が一変

叔父の家に引き取られ、陽光眩しいインドからイギリス北部のヨークシャへ移り、部屋が百程もある、大きくて古い館で暮らすことになる。

 


両親と同じく叔父も又、メアリを遠ざけ、館へも殆ど帰らない。

それでも、なだめてご機嫌を取ろうとするだけであったインドの召使い達と違い、館の使用人達は率直で、時には厳しい

その中には、『お嬢さん』とは呼びながら、只の小さい女の子として温かく接してくれる、素朴で慈しみある女中も居た。

 


率直、素朴、素直、正直。


こうしたことは変化にあたり重要なポイントとなる。

思い通りにならないことの連続で、癇癪を起こしたりしながらも、次第にメアリの中で変化が起きる。

館の外を歩き回って無愛想な庭師と知り合い、走ることや縄跳びを切っ掛けに体を動かす楽しさに気がつき、小さなコマドリと仲良くもなった。

 


そうやって新鮮な空気の中で呼吸し、屋外で過ごす時間が増えるうちに、メアリの意識にかかった霧が晴れて行き、館に隠された謎に近づき始める

館には、内と外に一つずつ、秘密があった。

外には誰も入ってはいけない、蔦の覆う塀に囲まれた鍵のかかった庭

内には使用人達がひた隠しにする、メアリでも叔父でもない“誰か”が館の何処かに居る気配

この物語が面白いのは、「変わらない世界の中で、誰かだけに劇的な変化が起こる」のではなく幾つもの変化が時には連動し、時には同時進行で、起きて行く」ところにある。

 


全体一つとなって流れ動いて、広さと勢いを増して行く様子は、山から細く湧き出た水が走るにつれて広く大きな川となるのに、似ている。

鍵のかかった庭は、かつてその場所を愛した女性が不慮の事故によってそこで亡くなったことから、彼女の思い出を封じる為に閉ざされていた。

亡くなったのは叔父の妻。メアリにとっては父の妹で、叔母となる。

最愛の妻を亡くし、心と一緒に庭も閉ざした叔父
誰も入れない様にしたはずなのに、まるで導かれる風にして、メアリは庭の中に入ることが出来た。

そうして見つけた、冬枯れて茶色灰色だらけの庭を彼女は『秘密の花園』と名付ける。

 


草を抜き、地を掘り起こし、懸命に庭を生き返らせてその歓びに触れるうちに、を知らなかった為に冷えて固まっていたメアリの感覚が、少しずつ溶け出して行く

庭を切っ掛けに、自然の持つ魔法の力そのものの様な少年ディコンとも仲良くなり、メアリの変化は日に日に大きなものに

それと共に、庭と同じく置き去りにされていた二つ目の謎も解け始める。

館の人々がメアリから存在を隠す謎の“誰か”は、秘密の花園で亡くなった叔母が遺した、メアリの従兄弟コリンだった。

 


メアリの中でいきいきと輝きだした生命力の火は、コリンの中にも移って灯り、彼の心身を蝕んでいた恐れを溶かして行く。

申し上げるまでもなく、これは復活再生の物語である。

を知らずに育ったつむじ曲がりの少女。


辛い思い出から逃れる為に庭を封印した、その叔父。


その息子で病と死の幻想に囚われた従兄弟。

幾つもの復活再生を、『秘密の花園』は描いている。

 


も復活し、空間も復活する。

朽ちたものを取り除き、土を掘り起こし、水を注ぎ、人が手を尽くすことで花園は再び輝き始めた

この作品では、いのちを育む自然の力、その奥に宿る何ものかについて、「魔法」と表現する。

この魔法は、特別な誰かが格好よく登場して振るってくれるものではないし、ちちんぷいぷいであっという間に何とやらとなる訳でもない。

日の光、雲、雨、風、地、その中を流れる新鮮な空気

何もかも、ありとあらゆるものが総出で成し遂げる、静かで、ゆっくりとした、着実な変化だ。

 

 

そこに個の都合は差し挟まれない。

本日記事で申し上げられる最も重要なポイントは以下になる。

人が魔法を期待する時、意識は先走り、身体は置き離され、結果、全体一つの和が乱れる

全体一つの流れと、それが生み成すものについて本当に知りたいのなら、期待するのではなく、今まさに起きているものを味わうことが必要になる。

メアリが冷たい風の中を走って、新鮮な空気胸いっぱいに吸い込んだ様に。


彼女の変化が空の気、空気によって始まるのは、重要かつ深いメッセージだ。

 


メアリは初め、確かに傲慢で、捻くれて、意地悪で、無愛想で、ひ弱で、不機嫌だったかも知れない。

けれど与えられないものを数えて嘆いたり気に入ったものが揃うまで座り込んだりは、しなかった。

人は皆、内側に秘密の花園を持っている。

内側にある庭なので、誰かが手を出して片付けてくれるのを待つことは出来ない。

 


全てを毎瞬、空が生むが、点滅が作る形状の現われ方には順序がある。

地から草木が生え、枝が伸び、葉がしげる。
花実が咲くのはその(のち)のこと。

目覚めと言う果実を誰かの手が、外からポンと放ってくれたりはしない。

庭の完成図を夢みるだけで、庭が成されることなどないのだ。

 

夢想で香る花はなし。

(2019/1/28)