《気づかれぬ不思議

 

全く不思議だ。

 

月曜記事にも出て来た「ひらけごま」を切っ掛けに、『アリババと40人の盗賊』意識を向けていて、度々そう感じることがあった。

 

この物語は『千夜一夜物語』や『アラビアンナイト』と呼ばれる物語群の一部として、良く知られている。

 

アラビア語から翻訳されたものではなく、フランスの東洋学者アントワーヌ・ガランが『千夜一夜物語』に入れたこの物語は、原典が見つかっていない

 

 

ガランは、シリア出身で当時フランスに滞在していたハンナ・ディヤーブと言う人物からこの物語を聞き取り、千夜一夜物語を翻訳した続きに加えたと語っている。

 

言ってしまえば「聞いた話を書いたよ」と言う、とても曖昧な出自の物語。

 

ガランによる創作であったり、ディヤーブによる創作である可能性もなくはないのだ。

 

それでも一個人の意図を超える深いメッセージを含む『アリババと40人の盗賊』は、多くの人を魅了し世に広まることとなった。

 

 

エゴが反応してはしゃぐだろう表層の不覚的魅力も、この物語には多く織り込まれている。

 

一攫千金、善性による招福、エロ、グロ、バイオレンス。

 

男女を取り巻く倫理観が日本のものとそぐわない上に、この物語で重要な役目を果たすモルジアナが奴隷である為か、日本ではアラジンよりも広まり辛い内容。

 

だが、民族的背景や文化的背景に関わらず、エゴ持ちであるなら先にあげた5項目についての関心は高くなる

 

好感により鼻の下を伸ばすのも、嫌悪感で鼻に皴を寄せるのも、どちらにしたって関心がなければ出来ない

 

召使いとやんわり言い換えたりしている作品もあるが、召使い奴隷の仕事内容ってこんなに幅広いのかと驚く程、スープ作りから殺しまでモルジアナは何でもやってのける。

 

  

主人の危機を察知して熱した油をかけて殺して回ることで盗賊団を壊滅させたり、セクシーな衣装で踊りを披露して油断させ、復讐に訪れた盗賊の首領を刺し殺したりと大活躍。

 

物語の主人公であるアリババは、そうした汚れ仕事については基本ノータッチ

 

彼は善良かつ温和な好人物と、設定されている。

 

一攫千金、善性による招福は男の主人が。

 

エロ、グロ、バイオレンスは女の奴隷が。

 

 

この様にきっちり確立された分業体制が『アリババと40人の盗賊』に一層の奇妙さを加えている。

 

奴隷ではない立場のとしては、アリババの妻と兄嫁が登場する。

 

アリババから持ち出し方を聞いて真似たはいいが、欲をかいて出方を忘れた兄カシムは盗賊に殺される

 

 

この物語を何冊か読み比べてみると、省きや脚色が少ない作品では夫を喪った兄嫁はアリババの第二夫人になっている。

 

モルジアナも奴隷の身分から格上げされてアリババの息子(カシムの息子と言う本もある)のになる。

 

これは洞窟の総取り物語であると同時に、総取り物語でもある訳だ。

 

モルジアナと言う名は「小さな真珠」を意味すると言う。

 

かつてアラビアでは、奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花など物の名で呼ぶ風習があったそうだ。

 

男女の奴隷、引いては女全般も含めて、主人である男が所有する資産の内と言う世界観は相当エゴを膨張させていないと成り立たない。

 

 

こうした“たっぷりとややこしい”ものも、変容の時代進めば進む程、貴重な不覚遺産として紐解く機会が増えるだろう。

 

有難いことだ。

 

こうして奇妙な点を挙げて来たが、今回宮司が不思議に感じたのはそうしたことではない。

 

所詮、と言ったらちょっと乱暴かも知れないが、結局はエゴの動きの範疇に収まる奇妙さには、呆れはしてもそれ程興味が湧かない。

 

不思議なのは、洞窟が合言葉で開閉すると言うことと、その合言葉で開閉する機能のついた洞窟が全く放っておかれていると言うことである。

 

用が済んだら振り返りもしない。

 

洞窟内に盗賊が集めた財宝は、どれも人が細工して作ったもの

 

それらはどう言う意図でどう言う作業工程を経て出来たのか、成り立ちが分かるものである。

 

それがどれだけの量集められようが、誰から誰の手に移ろうが、正直どうだっていい。

 

だが、エゴ「どんだけの価値があるものがどんだけ沢山集まるか」「それが誰の所有になるか」にしか興味がない。

 

  

とったりとられたりしている間にも、洞窟の扉は開いたり閉まったりしている。

 

自然物である洞窟が、開いたり閉まったりしている。

 

こんな不思議が目の前で起きているのに、盗賊もアリババもカシムも、誰も目もくれない。

 

カシムなどにはしゃぎ過ぎて、この実にシンプルな開け閉めの方法まで忘れる始末

 

一方、出だしからあまりにも無感動かつ当然のように使いこなしているので、“開閉システムを盗賊が作った説”まで検証してみた。

 

 

だが、もしそんな技術が彼らにあったなら盗人稼業は即やめて、この自動開閉システムの特許を申請し、量産体制に乗り出し、販路を拡大し、後ろ暗いやり方でなく財を築けたはずである。

 

本当に驚く必要のあることは、

目先の財にとらわれると霞んでしまう。

 

欲に目をくらませるなとは不覚の人も言うことだが、幸運な恵みなら貰いたい善人も、承知の上で悪者やってる盗人も、彼らから横取りしたい半端者も、全員視界が霞んでいる

 

 

善でも悪でも半端でも、

 

誰が唱える合言葉であっても、

 

洞窟の開閉は起きる。

 

特権なき不思議は無視するのが、エゴの流儀なのかも知れない。

 

しかしその無視したにしか、本来人型生命体求めているもの見つからないのである

 

気づかれぬまま、開かれ続ける不思議。

(2021/9/2)