《わらしべ長者》

 

長者富(ちょうじゃとみ)()かず」

 

とは一般的に、「富が増えても満足することはなく、人の欲には限りがないこと」を意味する。

 

不覚の眼には富とは大体財のことだと映るから、この様な解釈となったのだろう。

 

財を沢山蓄えよう回して増やそうと、あれやこれやを繰り返して来た不覚社会

 

終身雇用が非現実的とされる現代では尚更に野心危機意識は肥大化し、財を沢山持つ人としての“長者”になりたがる人が一層増えている。

 

 

財とは、領地金融資産に限らない。

 

知的財産も財の内であるし、人との繋がりも財になり得る。

 

 

なり得るとしたのは、財を成す目的に沿って行けば、値打ちのある繋がりと、そうではないものに分けられるから。

 

金言天啓を受けるものから、愚痴駄弁りのみで終わるものまであり、繋がるだけで即それが財になる訳でもない。

 

世の中では日に日に不覚混乱煮詰まり濃くなっているので、人々の内に何かと目に見えるものに縋ろうとする欲求が増えている。

 

そうした傾向が影響するのと、ダイエットやエステ整形等色々試みる人が増えたこともあり、望んだ形に作り上げた外見も現代では財の一種としてカウントされる。

 

姿形の“良し悪し”が、好感度を上げ支持を生んで別の財に変換されたりもする。

 

 

尤も、整形についてはしていると聞くだけで逆に好感度を下げる人々も居るので、地域通貨みたいなものかも知れない。

 

不覚者は日々、自然と人工、天与と努力、成功と失敗等、元は全体一つのものを様々に分断して、揺れ動いている

 

「細工が上手くなった分、藁一本から財を成すシンプルさとは大分違って来たな」

 

 

と、ふと表題の昔話『わらしべ長者』のことを思い出した。

 

今昔物語集や宇治拾遺物語に源流を求めることが出来る割かし古めのお話だが、御存じない方に向けてあらましを申し上げる。

 

ある男が貧乏暮らしを何とかしたいと、観音様にお祈りする。

 

 

すると観音様から「最初に触ったものを持って旅に出なさい」と言うお告げを受ける。

 

旅に出た男は、つまずいた拍子にわらしべを手に掴む。

 

お告げの通りにわらしべを持って旅を続けると、途中で顔の周りを飛び回るアブが居たので、捕まえてわらしべの先に結び付ける。

 

アブ付きわらしべを欲しがる男児が現れ、その親から「取り換えてくれないか」と頼まれて大きなミカンと交換。

 

 

次に、喉が渇いたのに水がなくて困っている人に出会い、水分補給にミカンを渡すと、お礼に上等な反物を貰う。

 

その次に会ったのは弱った馬を連れた侍。侍は急いだ様子で、馬を始末するよう家来に命じて行ってしまう。

 

それを見ていた男は家来に頼んで、死にかけの馬と反物を交換して貰う。

 

馬が元気になるよう男が願うと、観音様のおかげで馬はすっかり元気に。

 

男は馬と共に旅を続け、やがて大きなお屋敷を発見。

 

 

屋敷の主から馬を貸して欲しいと言われる。

 

主は男に留守番を頼み、「三年以内に帰らなければ屋敷を譲る」と言って去る。

 

結局、屋敷の主人は戻らず、屋敷は男のものとなった。

 

と、こんな感じ。

 

『わらしべ』にはざっくり分けて二パターンあり、これはその一つ「観音祈願型」の良くあるかたちとなる。

 

 

「観音祈願型」だけでも幾つかのバリエーションがあり、譲り受けた馬は既に死んでいたが観音様が生き返らせてくれて馬と田んぼを交換出来たと言うものや、最後にお金持ちの娘と結婚して長者となるシンデレラボーイ仕立てのものなどがある。

 

共通するのは観音様のお告げがあり、その通りに行動するという点。

 

もう一つの「三年味噌型」と呼ばれる筋立てでも逆玉で長者となる結果がもたらされる。

 

 

こちらは貧乏な男が大金持ちの娘と結婚しようとする所からスタート。

 

結婚条件にわらしべ三本千両に変える」という難題を持ちかけられる。

 

シンデレラがおめかしとダンスで王子のハートに一本背負いをかましたのに比べ、こっちはフンコロガシ式に財を大きくして規定のサイズに仕上げないと結婚出来ないので、一概に“シンデレラボーイ”とは言えないのかも知れない。

 

 

男は旅の中でわらしべを蓮の葉に交換し、さらに味噌、刀と交換。最後には千両を入手し、お金持ちの娘と結婚する。

 

こちらの型にもバリエーションがあり、交換するものは同じ最終的に手に入れるものに幾つかパターンがある。

 

観音でも味噌でも、不覚的に見て価値の低いものから高いものに段々と変わって行く」流れになっているのは同じ。

 

どのパターンでも、話の頭とお尻だけつまんで見れば「藁→長者状態」と言う大きな振れ幅を移動しているので、主役の男が相当なラッキーボーイに見える。

 

 

だが、幸運や素直さだけで彼がこの結果に行き着いた訳ではないのは明らかだ。

 

単なる現世利益目的のライフハックなら、当宮で扱う理由もないのだが、そうした浅瀬に留まらない情報がこの物語には含まれている。

 

来週の記事では、『わらしべ長者』の中で男が活かした様々な力についてご説明申し上げ、この話の持つより深いメッセージに触れて行くことにする。

 

貧乏でにっちもさっちも行かない状態であったこの男が、旅の中で発揮したのはどんな力であったか、興味湧かれた方は意識向けてみられることをお勧めする。

 

始まりは、空洞の一本。

(2021/3/25)