《高も低も》
「天辺取るぞ」などと言って、人は様々な形で天を目指し、上昇を志向する。
天にも昇る心地
地に落ちる屈辱
天国と地獄
天と地に対する扱いの違いは、こんな表現からも明らかだ。
「天下統一」と言ったりする様に、下にある地は統一される側と認識されたりもする。
統一は合一と異なり、支配によって行われる。
更に器用なことに、人は天地の差を地域にも与えている。
過密か過疎か。
所属する人の数が減りつつある国だったとしても、
それとまるで関係ない様に、過密した場所では、人が使用する為の土地や建物が高騰を続けたりする。
高騰した一等地に立つ、タワー的なマンションの高低で、価格に高低を生じさせ、「高くて高いものを高く!」と、ワイワイ盛り上がる人々も居る。
人間は何にでも飽きるので、次の「もっとイイヤツ!」基準が流行すれば、そっちに雪崩れ込む。
良い場所に広い土地を持って余裕ある住まいを作れる人間が真の勝ち組だと喧伝して、次のトレンドを作りたい人々も居るだろう。
続いて来た傾向をどうにか維持して、まだまだ儲けたい人々も居るだろう。
その切り替えハンドルを握っているのがごく少数の狂言回し役を担う人々、と言う訳でもない。
超富裕層だけ虚空の外、なんてことはないからだ。
全てが虚空から生じている点滅だと分かって静かに観ていると、表の模様が入れ替わる様子から、奥の意が伝わる。
「ああ、成程なぁ」
と、シンプルに納得し、悲劇も喜劇もなく観察している。
煮詰まる混乱と興奮の中、どの端末が目を覚ますのかを虚空は天意で観察している。