《野に出る歓び》
御神体を蔑ろにすることが、日に日に難しくなっている新世界。
エゴを持ったままだとこの事実を受け入れられず、逆走を試みたりする。
海を越えてドンパチが起こり、その影響で御神体が危機に晒されると言うのは分かり易い例である。
一方では、御神体を冒涜するような犯罪行為が明るみに出て、それをしていた人がひっ捕らえられたり、世間から非難を浴びる事態も起きている。
不自然で派手な逆走風の動きを切っ掛けに、旧いノリに楔が打ち込まれている。
切り倒される準備としての目印なのだろうか。
いずれにしてもその奥で、自他の別なく御神体を重視する流れは、少しずつ育っている。
御神体と分割意識の交流が増える程、御神体の感覚は、冴えて行く。
その後押しとなっている出来事を、先日発見して感心した。
好むと好まざるとに関わらず、人々の生活に浸透しつつあるAI。
その活躍によって、ある銀行の事務職が三割以上、他の部署に転換する計画が持ち上がったとニュースで観た。
こうした流れは日本に限らず、仕事を失う危機感から、既に海外では人々の職業選択上の関心が、カラーで言うとホワイトからブルーに移行して来ているとも報じていた。
汗をかかずに収入を得る方が人として上だとする偏った価値観も、この流れの前には力を保てない。
人口知能の代替えが効かないものを着席したまま提供出来る一部の人々以外は、誰がいつ野に放たれてもおかしくない世の中と言うこと。
「素敵なお知らせじゃないか」
となった。
適度に汗をかくことは、御神体にとって不可欠。
血の巡りが良くなり、健やかな代謝が生まれ、呼吸や睡眠を自然にする。
ずっと座ってなきゃならない状態から解放される人が増えると、御神体と交流することも世の中全体で、より豊かに広まって行く。
起こることは、起こるべくして起こっている。
必要なのは、その新しい波に乗る、柔軟性。
柔軟性を生み出すのは申し上げるまでもなく、天意からの愛なのだ。
自立して、野に出る歓び。
(2026/3/2)
