《輪っか作り?》
あまりテレビを観ることのない宮司。
先日、ひょんなことから立て続けに幾つかの作品を視聴する機会に恵まれた。
食事をしに行った時に、お店の人から面白いのでお勧めですと言われたり。
その番組を紹介するニュースに何度も出会ったり。
切っ掛けは様々だが、それらの作品全てに共通していたことがある。
登場する中に、未来から過去に向かうループを何度も繰り返している人物がいる。
観たもの全部にそうした人が出て来たので「何だこりゃ」と驚いた。
調べてみると、こう言う話は他にも沢山あるらしい。
「一体、何故?」と首を傾げた。
映像作品にドラマチックな展開を持たせる意味で、時空間を行き来する人を登場させることは別に不思議ではない。
そんな人は現実に見かけないからで、これだけで非日常感が、ぐっと増す感じになるのだろう。
不思議だったのは、「何故やり直すのか」と言うことだ。
そして「何故こっちの未来より、あっちの未来がいいと決められるのか」と言うのも不思議だ。
沢山ある作品の中には「いい未来になった。やったね!」みたいなものもあるが、「どうにも上手く行かずにずっと繰り返しております」みたいなものもある。
増々、何の為なのか分からない。
エゴは本当に奇妙なことばかりすると、ちょっと感心した直後、ストンと理由が降りて来て「あっ、成程!」となった。
留まることのない大きな流れの中に、ちっちゃな結び目で輪っかを作ることで、ゴールを回避しようとする動き。
ゴールとは申し上げるまでもなく「なーんだ、全て虚空と言う自らだった!良いも悪いもなかった!」と気づくことだ。
それは真に生きること、真生の始まりだが、エゴにとってはゴールなのだ。
小さな輪っかを抜け出ることで、ひと仕事した感を出すが、終わりは決まっていつも「そして戦いは続く」となる。
終結の擬態。
エゴがプログラムだと知れてしまう本当の終わりが来ないよう、どうにかして現状を保存しようとする目的で起きていたのかと納得し、この学びにも感謝した。
有難いことである。
輪の中に、輪を作る。
(2025/12/22)
