《混ざり合う季節》
「いやはや、毎日面白いな」
吹く風に涼しさを感じることも増えた今日この頃。
とは言え、それは朝夕に多く、昼日中は照りつける陽射しが眩しい。
世の人が感じがちな「夏っぽさ」と「秋っぽさ」が入り混じった状態で、賑やかに一日が過ぎて行く。
日を追うごとに少しずつ色合いを変えると言うより、様々な色のビー玉が混じってゴロゴロしてるような、目の粗さを感じる。
この急な流れの中で、御神体はどう変化するのだろうか。
シンプルさや柔軟性が求められる展開は、不覚社会の様々な場でも、これからますます増えて行く。
四季の美しさを謳ったイベントなどで、これまではこうだったと言う前提が通用しなくなる時。
それは分かり易く目に見えるものとなる。
神事の時にカラっと晴れたりすると、そこに人は神の力を感じがち。
「お目出度い時には晴れが良い」と言う、意識に定まった前提があるからだ。
それもこれからどうなって行くのか、全く分からない。
紅葉を楽しみたい時に、まだ木々の葉が青々とか。
変化が遅れるどころか、色づく前に枯れたりとか。
物理次元は新しいことを体験しようとして生まれた場所なので、「かつてない○○」が沢山訪れるのは望みに叶っていると言える。
必要なのは新しさであり、人間にとって快適かどうかと言う点は、特に重視されない。
物理次元が人間のみを重視するとなどと言うことは当たり前に、全くない。
「今まで地球に好き放題して来たツケが回って来たんだ、当然だ」と環境の変化を、バチみたいに言う人も居る。
不思議なことである。
それならば人以外の種は、何をどう好き放題して、どんなツケを払っていると言うのだろうか。