《気にしない地》
地球の歴史は約46億年とされている。
その地球に初めて土が誕生したのが、約5億年前と言われている。
全体の9割以上の間、NO土状態でやって来たことになる。
その感じで行くと、土もポッと出のニューフェイスな訳だが、人類は更に後発の存在となる。
初期の猿人でも約700万年前の登場となり、もう億どころか、千万の単位も経ない。
現生人類であるホモ・サピエンスは約20万から30万年前に出現したと言うのが現在主流となる見方だそうだ。
20万年前と言う地点からすると、5億年前は遥か昔の様にも見える。
多くの人にとって、土は初めから足元に有った土台であり、多様な生命を内包するが、人の目には動いている様に見えない。
土そのものがいのちとして認識される機会は、あまりないのかも知れない。
人類が誕生し、文明が誕生し、技術革新が起こるにつれて、環境も変化して来た。
この変化は46億年の中で、割と直近の出来事。
何でこんなことを書かせて頂いたかと言えば、人類が好き放題をチョコチョコやりだしたのも最近。
異常気象などが無視出来ない規模になって「あれっ、ヤバいぞ」と、ざわつき出したのもつい最近。
人類関係、全部最近。
これを改めて、確認したかったからである。
極端な話、人類が居なくなったとしたら。
地球に暮らす他の生命は全く気にせず、それぞれの活動をゆっくりゆっくりと、続けて行くだろう。
耕やす者が居なくなった土地に植物が繁茂し、減ったり増えたりを繰り返しながら、少しずつ進化を遂げ、また新しい可能性を開いて行くだろう。
地球は、全く困らない。
つまり「大変だぜ地球!」なのではなく、実際にはあくまで「大変だぜ人類!」。
もうちょっと詳しく言うと「大変だぜ人類と、人類が居なくなるまで巻き添えになる他の生命!」ではないだろうか。
どこからどう見ても、地球が大変なのではない。
人類の手で全ての土壌が塵になったとしても、この惑星は海と岩の歴史を紡いで行くのじゃないだろうか。
引っ搔き回したり護ろうとしたり、わいわい忙しくやっている人間の手は、岩をこちょこちょくすぐっているだけなのかも知れない。
それも地は気にしない。
(2026/6/18)
