《歓び合う道》
分割意識と御神体とで息の合った活動をすると、自然とモノコトの起こるタイミングも合って来る。
不覚状態が長く続いていたことで、両者の息にはズレが生じている。
それを減らして行くのに欠かせないのが、
体験を歓び合うこと。
体験出来たこととその内容についてシンプルに歓んでいると
「こんなこと初めてしたね」
「楽しいね」
「面白かったね」
「学んだね」
etc、様々な表現も出て来る。
まず意識の方で歓びを御神体に伝えてみて、返って来る感覚を受け取る。
それは胸がジワリと熱くなることかも知れないし、足の運びが軽くなることかも知れない。
自然と笑みが浮かぶことかも知れないし、満足したからこそ出る深い息かも知れない。
御神体から言語化したお喋りをぺちゃくちゃやったりはしないが、伝えて来る内容は実に深く、そして純粋である。
それに気づいた意識は、感動することもあるかも知れない。
不覚の分割意識が行う表現は、何かと飾るし歪めるし自己都合を前提としていることが多いからだ。
御神体からの返答にはそのどれもがない。
御神体からの反応を返事として味わい、そしてまた意識の方から歓びを伝えてみる。
すると次第に、やりとりが軽く速く滑らかになって来る。
ゆったりと交わし始めた歓びが、行き来するにしたがって、詰まっていた固定観念を押し流す。
そうして、循環をスムーズにするからである。