本気ほんき発破はっぱ

 

先の記事で、気にしないと申し上げた。

 

気にしないし、気にならない。

 

ではそこに何の気もないのかと言えば、そうではない

 

全体一つの流れに沿った満ちている

 

 

その為「気にかける」などをして、傾きを含んだ気を発生させる余地がないのだ。

 

かけると言うのは、引っ掛ける訳で、この時に気を生む姿勢真っ直ぐではなく斜めになっている。

 

健やかで、何処にも寄らず中立に天と地を通る姿勢の時。

 

本気は天意からの愛に満ちて広がる

 

 

「本気出せ!」と人がはっぱをかける時、そこに求められているのはと言うより強気の方だ。

 

「弱気になるな、強気で行け!」と、大差ない内容の要求。

 

これは、本質を容易く見失わせる。

 

「はっぱをかける」も発破を掛けると書き、やはり掛かるので、こうした時に姿勢斜めになる

 

気にする、気にかける、気をもむ。

 

 

どれ一つ取っても、中立には出来ない

 

「発破」とは、鉱山や土木工事で爆破に用いる火薬の類のこと。

 

爆発物を仕掛けるのに例えて、激しい言葉で気合をかけたり、励ましたりして奮起させることを表している。

 

発破を使って出そうとする本気に、自然な感じってするだろうか。

 

 

凝り固まって動かない状態を打破しようとする時、人は勢いをつけたがる。

 

ドカーンとやった勢いに紛れて、古い状態を抜け出そうとする。

 

このドカーンが、になってしまうことがある。

 

発破の刺激を求めて凝り固めた状態を作ると言う、訳の分からないことが起きたりするのだ。

 

気の満ちるに爆破は要らず。

(2026/6/25)