もととき

 

御神体が本来持っている力

 

前回記事にてこのように書かせて頂いた

 

その内容について予測することには意味がないので、勿論書くことはしない

 

だが「本来とは何か」と言う点については申し上げることがある。

 

本日記事はそれについて書かせて頂く

 

 

本来の意味について調べてみると

 

「はじめからその状態であること。 もとからずっと。 もともと。 元来。」とあった。

 

そこから「あたりまえ。 通常。」の意味にもなると言う。

 

「もとって、どこから?」

 

これらを眺めていて、「はじめ」をどこにするかで随分意味が違ってくることに気づいた

 

人として生まれた時からなのか。

 

虚空としての元からなのか。

 

同時に、本来の「ほん」については、同じ「もと」の読みを持つ元の字で意味を繋げているが、

 

「来の方は一体何処に行ったのだろうか?」

 

 

も浮かんで来た。

 

来る、と言うことは来ていない状態がある。

 

ない所に現れてあるに変わる動き「来る」ではないだろうか。

 

本が来る。

 

 

そこには、本来ではない状態が前提にある。

 

手間暇かけて包み隠して、本来から遠く離していたものが果たして何だったのか

 

当たり前だと思っていたものが、そうではなかったと言う驚き

 

変容の時代には、そうした包みが解ける面白さ沢山生まれて来るのだ。

 

開けてびっくり、宝箱。

(2025/7/14)