《断てども絶えぬ》
雨の音を聴きながら、近年増え続けている水の氾濫について調べていた時のこと。
ひと段落して、本日どんな出来事があったかを確認していた所、台風が通過した後に地面が陥没して、国道で道路が崩れ落ち通行止めとなっていると言うニュースを発見。
写真を見ると、表面を覆っているアスファルトもろともごっそり削れて、窪んでいた。
りんご飴で言う飴の部分位にアスファルトは薄く、そこがバリっと割れて無くなっている。
下にあった土の層は剥き出しになり、地中に穴があってそこから水が滝の様に流れ出している。
見た途端、「成程、こう言うことか!」と唸った。
と言うのも丁度、土の質が健康でなくなると、水の循環も自然ではなくなることを学んだばかりだったからだ。
「こんな感じのことだよ」みたいな、虚空からの解説は探していなくとも現れて来る。
興味深いことである。
自然でなくなったものは、自然な状態に還ろうとする。
折れた骨がくっつく様に。
擦り傷がふさがる様に。
崩れた面から見える土は、せき止められた循環の復活に向けて、深呼吸をしている様だった。
健康な土は水分と空気を含んで、それらの循環が自然に行われる。
その働きには、目に見えない様な大きさの微生物達も参加している。
活動には隙間が必要となる。
隙間は余裕と表現することも出来る。
適度に余裕ある空間の中で行われる、数え切れない程の小さな力の集合と流動。
そのバランスが、建設や土木の工事によって分断されることで、少しずつ崩れて来たらしい。
全体性を二の次にして行われて来た、人間が求めるあれやこれや。
それは時に、どれだけ時間と資金を投じて作り上げたとしても、この道路の様に、あっと言う間に無くなったりする。
不覚社会が力をかけて自然な流れを断とうとしても、全体一つは断絶状態を崩して「こんにちは」と現れるのだ。
断てども絶えぬ、一なる流れ。
(2026/6/4)
