とうようする》

 

自活力を求めて、覚めぬままに、あれこれする人々の間で、

 

「国には頼れないからと投資に挑戦していますが、逆に損失が」

 

こんなお話を世の中で見聞きすることもある

 

一見すると自力でやっている感じの動き。

 

だがその活動内容を詳しく見て行くと

 

「信頼出来そうな人物や団体を見繕って、彼らの話に乗っただけ」

 

であったりする。

 

誰の言うことが信用出来るかとか、誰や何に勢いがあるのかとか。

 

それを必死に嗅ぎまわっても、内容そのものを理解していなければ、世の中の風向きが変わった途端、簡単に引っくり返るのじゃないだろうか。

 

 

独立して真剣に学び、

 

理解を深め、

 

自然な流れに沿って、

 

つまりは無理のない範囲で、

 

提供を行うなら、それは健やかな自活力を育てる。

 

 

とは言え、別に損しちゃいけない訳でもないし、そこに新しさがあるなら虚空としては満足だろう。

 

そう言えば資を投じる表現するのは不思議だと気づいた

 

「投資は投機ではありません」

 

なんて、グッドバッド風味をつけて線引きする話も聞くが、その前に

 

「どちらにしたって、どうして投げるんです?」

 

がある。

 

調べてみると「投げる」と「投じる」は違うのだと言う。

 

そして、投じるには「差し出す」とか「つぎ込む」意味があるのだとも言う。

 

「増々、訳の分からないことになって来たぞ。面白いや」

 

と、投について調べてみて、成程そうか気づいたことがある。

 

それについては次回記事にて書かせて頂く

 

投に要するものとは。

(2026/2/19)