《投に要する》
自活力を求めて、覚めぬままに、あれこれする人々の間で、
「国には頼れないからと投資に挑戦していますが、逆に損失が」
こんなお話を世の中で見聞きすることもある。
一見すると自力でやっている感じの動き。
だがその活動内容を詳しく見て行くと
「信頼出来そうな人物や団体を見繕って、彼らの話に乗っただけ」
であったりする。
誰の言うことが信用出来るかとか、誰や何に勢いがあるのかとか。
それを必死に嗅ぎまわっても、内容そのものを理解していなければ、世の中の風向きが変わった途端、簡単に引っくり返るのじゃないだろうか。
とは言え、別に損しちゃいけない訳でもないし、そこに新しさがあるなら虚空としては満足だろう。
そう言えば資を投じると表現するのは不思議だと気づいた。
「投資は投機ではありません」
なんて、グッドとバッド風味をつけて線引きする話も聞くが、その前に
「どちらにしたって、どうして投げるんです?」
の謎がある。
調べてみると「投げる」と「投じる」は違うのだと言う。
そして、投じるには「差し出す」とか「つぎ込む」意味があるのだとも言う。
「増々、訳の分からないことになって来たぞ。面白いや」
と、投について調べてみて、成程そうかと気づいたことがある。
それについては次回記事にて書かせて頂く。