《我の枠》
虚空の生み成す物理次元と、中に重なって存在している不覚社会の枠組み。
その両方を静かに観察する時、覚めていると衝突や騒動、トラブルの様な形ををしている出来事についても、憤ったり悲しんだり出来ない。
知った途端、「おぉ!」と驚いたりすることはある。
人型生命体にとって、驚くことは大切な役目の一つ。
だから感謝して、驚きを味わっている。
だがその「おぉ!」は何であれ、割とすぐに納得の「あぁ」に変わる。
理解に至って、あまり驚きが持続しない。
理解した内容を味わうのも、大切な役割の一つであり、これにも感謝している。
出来事についてああしたいこうしたいと言う注文がなく、ああなって欲しいこうなって欲しいと誰かに望んでそうなる様にし向けることもない。
傾きがないので、意識が天地に向けて真っ直ぐであることで、するすると謎が解けて
「あぁ、なるほど」
と、より深い理解に至る。
マイペースの語が生まれた謎についても、それは同じ。
士農工商とか五人組とか冠位十二階とか、色んな枠を作った団体行動には熱心でも、御神体に合ったペースで生きることを重視してこなかった不覚社会。
意識に残った、枠を作って落ち着く癖。
これを緩ませると言う未知の感覚に慣れる為に、軽く新しい雰囲気を纏う英語の力を必要とした。
日本語で「健康第一」とすると、何でか節制や鍛錬で理想に近づける、頑張る動きに向かったりする。
ゆるやかで軽い感じを出すマイペースは、団体行動に従う人からすれば時折「イラっと来る」動きを表わすのに、皮肉を交えて用いられて来た。
だが、言葉が纏う雰囲気は常に変化する。
マイペースも次第に「それの何が悪いの?」と感じる人々によって、堂々と使われるように変化している。
変化はするものの、マイである限りやはりそこには制限がある。
次回はそれについて書かせて頂く。