《愛開く》
明けましておめでとうございます。
本年も天意からの愛で歩み、祝い、楽しみ、味わうことに力を尽くして参ります。
よろしくお願い申し上げます。
「なっるほどねぇ~」
と、新年早々に感心したことがある。
午年と言うこともあり、地に足のついた歩みがポイントになることは分かっていたが、上はこの生き物について更なる観察を促して来た。
そこでお馬さんに意識を向けてみて、「あれっ、そう言えば」と気づいたことがある。それは、
馬の視野の広さ
真後ろ以外は見ることが可能だと言う。
遠くまで見る力は人間より弱いそうだ。
馬は専ら植物を栄養源とし、爪や牙で動物を捕まえて肉を食べる習性がない生き物。
爪や牙がないと言うことは、彼らのことを食べようとして来る相手に反撃する方法も限られて来る。
近寄る捕食者を広い視野でなるべく早く察知して、その脚力で逃れる。
真後ろから相手が来た場合は、強い後ろ脚で蹴るそうだ。
これが馬の生存スタイル。
申し上げるまでもなくこの力は生への渇望から生まれており、その裏には死への恐怖がピッタリとくっついている。
だからどれだけ生き延びようとも、意識が全体に溶けることはない。
勿論、馬による馬としての生き方が、何か間違っていると言う訳では全くない。
恐れから出発して生きる能力を伸ばし、その限界を表現すると言う、一つの役割を果たしただけだ。
馬は馬の生き方を観察しないが、人は馬の生き方を観察して、そこから学ぶことが出来る。
観察者としての力を活かし
2026は
どれだけ愛のもとに視野を広げられるか
これがテーマの一つとなる。
もう一つ、気づいたことがある。
馬の確かな歩みは、四肢の全てを地に預けた状態から生まれる。
人は手段を講じて、手札を増やして、上手にやらねばと、何かと手に重きを置きがち。
手を活かすことも確かに人の役割の一つだが、手腕に酔ったりそれを誇ったりしていると当たり前に本道からズレて行く。
手技に溺れて脱線しないと言うのも、2026の課題であるように感じる。
愛で開く、世界の広がり。
(2026/1/5)
