《ずっと花火の》
この世に起こる様々な変化は、罰でもなければ褒美でもない。
一なる虚空による、多種多様な存在の生み成しは、天意による祝福であり歓びである。
毎瞬現れては消える、いのちの点滅。
ひとつひとつが、花火であるとも言える。
夜になり、灯りを消しても、暗い部屋の中で鼓動は止むことなく点滅している。
何と面白いことだろうか。
そして朝が来る。
昼夜を問わず、物理次元はずっと花火の続く祭だ。
虚空は存在と言う花火を天意で祝福し歓びと共に生み成している。
世の人が夜空に打ち上げる花火は、慰霊や祝祭、特定のメッセージ等色々な意味を含むが、いのちに対する愛と慈しみがその根底にはある。
全母たる虚空と、子たる人型生命体と言う分神の、花火に対し向けるものは似ているのだ。
子の方は、そこに意図を絡めて色々に捻じって、変化をつけて来た。
優劣をつける競技的なものにしてみたり、興奮や熱狂を付け足してみたり。
時には愛や慈しみそっちのけで、夢中になってやって来た。
それも全母たる虚空にとっては、やってみたかった面白い試み。
楽しく味わい深い体験だったのだ。
さて、「そうだ。全て一つの、質においては同じものだった」と世界のネタバレが済んだ後。
それがそれであると、只、シンプルに納得した後。
存在と言う花火は優劣関係なしに、中々に愉快なものに映る。
在ることの素晴らしさは、派手な色や広がる火の大きさとは関係がないのだ。