ズレと感謝》

 

父の期待に応える為に勉学に打ち込む中で精神的に不安定となり、通っていた学校を去る体験をした弦斎。

 

精神不安辛さは誰よりも本人が分かっていたはずなのだが、立場と相手を変えて同じことが起きた時にその経験が活かされることはなかった様だ。

 

弦斎の三男である賢三も、父の期待に応える為に勉学に打ち込む中で精神的に不安定となり、不合格の結果が出た後に自ら命を絶つ

 

前回記事にて申し上げた「感謝欠いたまま、未消化のままで、恐れから遠くに追いやったものは、驚く様な形に変わって戻って来たりする」と言うのはこのことである。

 

 

勉学精神不安と言う大変分かり易い形で戻って来たので、療養し健康を回復した青年期の弦斎と、その機会が訪れなかった賢三とを並べると、父からの受け入れと支援があるかないかで大きく変わることもはっきり分かる

 

清からの支えがあったことは、弦斎がその事実を埋め立てたとしても、こうした出来事の中にひょっこり現れたりする。

 

どうやら弦斎は試験の結果について冷たい言葉を賢三に返したそうで、後になってそのことが悔やまれると書き残している。

 

清には息子は弦斎しか居なかったから損なわない様に大事に扱ったが、弦斎には息子だけでも三人居たからちょっと扱いが雑になったりしたのだろうか。

 

何かを体験して感じたことについて、自分の苦しみ自分の悲しみ自分の不安等にイメージが留まりそこから共感が広がらないのは、エゴあるある

 

だが作家には、とりわけ大衆に受け入れられる流行作家には、共感する力と言うのは欠かせないものなんじゃないだろうか。

 

仕事の共感とプライベートの共感は別とか、そんな器用な差の付け方が出来るものかと不思議だったが、灯台下暗し的に、身内に関してはまさに身の内と見なして細やかな共感をすっ飛ばしてしまうのもエゴあるあるなのかも知れないなと、新たな学び感謝した。

 

冷たい言葉感情のままに言い放てたのは、おそらく死なれるとは全く予想していなかったからであり、子を喪った悲しみと、自身の予期する能力が低下したことへの不安の両方で同時に打ちのめされたのではないだろうか。

 

このことが強い精神的ショックを招き、弦斎も体調を崩して65歳で世を去っている。

 

当時としてはまあまあ長生きだったのかも知れないが、どんな健康法不老長寿や円満な人生を約束するものではないことを彼の一生が教えてくれる。

 

そして、客観的に認めることなしに人生の一部の事実を無視して「なかったこと」にする時、人の感覚には大きなズレが生じることも教えてくれる。

 

晩年ズレにズレた状態で、弦斎がのめり込んだのが千里眼。

 

能力者に会いに行ったり、研究したことをまとめるなどして、遺稿も千里眼に関するものだったそうである。

 

もう食道楽も百の趣味も跡形もない感じだが、とにかく人間を超えたいと言う仙人化への欲求は止まらなかった様だ。

 

何でか、スティーブ・ジョブズのことが浮かんだ

 

彼も出来事を都合に合わせて歪められる人であったし、何かと騒がしくあれこれやった後に、多分本人の予定より早くログアウトした。

 

 

何かこう、似たプログラムのセットでもあるのだろうか。

 

これ程長く弦斎についての記事を書かせて頂いたのには勿論理由がある。

 

ここまで極端に人生かけて健康法やら長生法やら仙人修行みたいな試みを多岐にわたり実行した人はそう居ない。

 

彼の人生を辿ってみると、そうした様々な自己実現への欲求についてまとめて俯瞰で捉えられる様になる。

 

興味のあられる方はこちらの書籍に詳しく書かれている

 

 

千里眼に行くまでにも、様々な奇跡を起こす人を見つけては弟子入りしたり支援したりしていた弦斎。

 

そうした交流の中に「一元同化力」と言う、面白い言葉が出て来る。

 

ワンネスやアセンションと言った情報を部分的に受け取った人が、その当時の言葉に変換したものに感じる。

 

奇跡を起こす超人的な人々がどうなったかについても触れてあり、その点でも面白く学びの多い読み物だった。

 

現代でも料理・医療・フィットネス・美容・スピリチュアル等々、様々な分野を見渡すと「あれに気を付けろ」「それは良くない」「どれが正しい」「これなら大丈夫」と言った教えを賑やかに説く“ミニ弦斎”みたいな人々は、何処にでも容易く見つかる。

 

彼らの出す新しい説を見て、気に入ったものを見つけてはついて行って宗旨替えを繰り返すことは、御承知の通り良くも悪くもない

 

 

只、それが愛からのものか怖れからのものかは、中立に観る必要がある

 

弦斎の無茶を心配していた夫人は夫亡き後、夫よりずっと長く生きた

 

食道楽時代に銀行の頭取を驚かせた財産も、長生道楽傾倒してすっかり使い果たしたので、夫人は所有していた広大な土地を整理し、料理指導や執筆などの活動を続けて家計をやりくりしたそうだ。

 

覚めぬままの人型生命体が、それぞれに様々な体験を重ねることが必要だった不覚全盛時代

 

部分的に塞いだ視界で見て真理得ようとして、何だかズレた危うい試みを繰り返す係」としての役割を全うしたのだとしたら、弦斎の意識御神体にも感謝である。

 

そして現代において、この路線の繰り返しはもう必要ないことを申し上げる必要もあって、この記事を書かせて頂けたことにも感謝する。

 

感謝でズレも昇華する。 

(2023/11/30)

《11月のふろく 憧れを祝うメモ》

 

仙人、億万長者、お姫様、英雄、人には様々な憧れのイメージがあります。

 

あなたが過去に抱いた憧れは、どんなものだったでしょうか。

 

それを祝うメモをこしらえました。

 

 

自由に書き出し、まとまったものを今度はまるで知らない何処かの誰かの憧れである様に、ご自身から離して眺めてみて下さい。

 

書く時は近くから詳しく、観る時は遠くからゆったりと。

 

虚空から観た時に、この憧れはどう映るでしょうか。

 

あらゆるものへ送ることの出来る虚空からの祝福を、その憧れにも送って祝われると、今必要なことに向かって瞬間を活き活きと輝かす力に変化します。