《崩れ壊れて》

 

スイス南部で巨大な氷河の塊が崩壊し、大量の岩石泥土が麓の村に流れ込んだと言うニュース観た

 

当局によると、村の約9割が土砂に埋もれたと言う。

 

 

行方不明者一名は村民ではなく、土石流発生の可能性を指摘して、迅速で確実な地元住民の移動が前もって行われていたそうである。

 

人間は移動できるが、川や周囲の森林地帯は泥土に覆われた

 

泥まみれになっても怒って枯れたりしない、川や木は凄いなぁと感心した。

 

同時に、実に複雑で矛盾した動きをする人類も凄いなと感心した。

 

原因をこしらえたり、さっさと避難したり、時には暑さ寒さやその他各種不自由に腹を立てたりする。

 

そして気に病んで心を痛め反省したりもする。

 

 

役割が異なるだけで、良い悪いない

 

そして全て「ああ、同じだったね」となる中心へ、流れ向かっている

 

当地の学者によると、氷河崩壊には多様な要因が影響し、原因はこれだと断定することは出来ないらしい。

 

ではあるものの、永久凍土がアルプス山脈の気温上昇の影響を受けていたことは分かっているとの話だった。

 

 

今回の被害規模は20世紀以降、スイスアルプスでは前例のないものだったと言う。

 

新体験である。

 

20世紀以降と限定してあると言うことは、その前にはあったのだろうか。

 

それとも記録開始したのが20世紀以降と言う話なのだろうか。

 

その辺りは分からなかったがともあれ、永世中立国の永久凍土だろうと場合によっては永久じゃなくなるなんてことは、もう大方の人が御存知である。

 

 

そして人にとって都合の良い行いを繰り返した皺寄せがもたらす影響は、当の人類がビックリするほど速く、そして大きいと言うことも段々と、多くの人々が「身に染みる」形実感をし始めている。

 

これから先は意識の集中力体力、それを支える健康と言う、実に地味な為に人々から蔑ろにされて来た“宝”重要性が、否が応でも陽の目を見るようになる。

 

適当に扱って壊したら社会が面倒見てくれる、と言う仕組みの強度がどんどん怪しくなって来ているからだ。

 

ずっと硬いままで居てくれると思っていたものが、いきなり崩れて暮らしの場を塞いでくる。

 

それは何も氷河に限ったことではない。

 

 

こう言う時に、意識はハッとして基本に立ち返るのである。

 

尤も全ての人がそうなる訳ではないが。

 

混乱の機に乗じて荒稼ぎしようとしたり、不安を解消する為にそれに乗っかろうとしたり

 

立ち返るどころではない騒々しい動きに入って行く人々も勿論居る。

 

だが環境の変化に向き合い、御神体協力して柔軟対応して行く意識にとっては、素晴らしい進化成長機会となる。

 

崩れ壊れて、何処へ行く。

(2025/6/2)