《こうる》

 

耕すことで、土から循環が失われることもあると学んだ後。

 

「では天地返しは自然な流れ反するのだろうか?」

 

と首を捻った。

 

調べてみると場所によって耕すのに向く土地と、そうでない土地がある様だ。

 

 

草に覆われ、その草を食べる動物が訪れ、噛みちぎられて短く刈られた草の間に、その動物のが落ちて着地する。

 

そこに雨が降り適度な水分が保たれる中微生物の循環が起きる

 

その表面に種が撒かれ、少しだけ土がかかると循環の中に加わってすくすくと育つ

 

そうした、放って置いても栄える場所には耕しは要らない様だ。

 

 

耕す動きが向くのは養分が失われ、踏み固められてガチガチになった場所。

 

こうなるとそのままではが通らず、表面を滑るだけになるらしい。

 

何か植えようにも、固まりすぎて動かない。

 

その状態に意識を向けていて、不覚の分割意識が作り出す癖の固さに似ていると気づいた

 

 

こうあるべきと言う偏見

 

それを強化する習慣

 

好き嫌いによる選定。

 

選定から外れるものへの無関心

 

 

日々踏み固められれば、当たり前にガチガチになる。

 

自覚してそこを解こうとする時、耕すと言う、ある意味大胆な動きになるのかも知れない。

 

ただ引っ掻き回しているだけなのか。

 

それとも耕すことで新しい要素を取り入れて進化しているのか。

 

耕しにも観察必要となる。

 

何が為に、掘り返すか。

(2026/6/11)