《戻らぬ流れ》
自分とは、人格と言う枠では測れないもの。
前回記事にて、この様に書かせて頂いた。
人格と言う枠に納めるには、あまりに矛盾の多い「自分」。
幾度も申し上げている様に、人型生命体は本来あらゆる方向に動くことが可能。
これは勿論、悪いことではない。
良いことではないのと同じに。
本来はどの方向にも行けると分かっていれば、行動によって一つの結果が生まれたとしても、そこに縛られない。
良かったのか悪かったのかだとか、
勝ったのか負けたのかだとか、
意味や価値が有ったのか無かったのかとか、
どの判定にも、そこにはいつも「自分」が必要になる。
自分にとってどうなのかと判定しながら暮らすことも、特に良くも悪くもない。
「自分」と言う基準に従って、人生を作り上げることを人類は繰り返して来た。
それは劣ることでもないし、不幸でもない。
単に、個を超えて全体一つで生きることがないだけだ。
只そうであるだけ、そしてもう去り行くものである。