《問いと自由

 

機会生むにも、問い要る

 

前回記事にて、この様に申し上げた

 

この事については既に幾度もお伝えした通り。

 

なので、「勿論そうですよ」「そういえばそうだった」となった方々も居られるだろう。

 

 

問いは必要不可欠。

 

何故なら、人型生命体物理次元にて虚空問うことは、ある意味でにあたる。

 

観察者たる人型生命体は形を変えた虚空の分神

 

その人型生命体虚空問いかけるので、虚空は自らで自らを呼んでいることになる。

 

 

虚空呼んでは応えることを楽しんでいるのだ。

 

ある意味で、と書かせて頂いたのは、逆向きのもあるからだ。

 

虚空からの呼びかけに、人型生命体応える

 

それは言葉での応答とは限らない

 

 

寧ろ、言葉に留まる方がだろう。

 

人からの応えは行動で示される。

 

虚空から出来事のかたちをとって「この流れにどう動くか」呼びかけがある時。

 

人は自らの動きを以て応えるのだ。

 

 

動く時、そこには選択がある。

 

決定もある。

 

選び決める時、それは一つの表現となる。

 

虚空から観て、そこにない

 

正解も間違いもない

 

そしてその選択決定の責任を、他の何者にも負わせることは叶わないのだ。

 

そこにある、自由。

(2026/3/9)