《向き不向き》
飾りが取れてしまえば、本来の姿をはっきりと認識出来る。
すると今の今、どんな役割が来ているのかも、自然と見えて来る。
向き不向きは、元々備わっている能力の向きだけでなく、新世界の流向がどうなっているかによっても変わる。
常に新しく変わり続ける世界は、その為に人型生命体ごとの役目を割り振る。
不覚社会において時にそれは、窮地の様に感じられる状況としてやって来たりもする。
流れの向きを感じ、それに乗ることを分かっていると、どの様に消化し昇華するかについても気づける。
そこから必要な向き合い方をするので、拗れる前に状況がサクサクと変わっていく。
向き不向きを無視して、決まった方向にしがみついていると、この変化は起きない。
全体一つの流れは後押しする力も生みながら、弥栄を表現し続けている。
何だか知らないが巡って来たチャンス。
思いがけない出会いで訪れる転機。
気づけば自然に就いていたポジション。
これらは皆、個の都合で得ようとして狙う時より、強く支えられている。
人力で射る矢より、ずっと速く力強く、何なら矢を持ったままの本人ごと的に向かって押し出す。
時には弓を引き絞る力も使わずに、到達する結果さえ生むのが流向の力だ。
それぞれの向きと流向が合致するのが当たり前の世の中になった後には、エゴありきの時短や効率化が及びもつかない様な、速さと軽さがモノコトに現れるだろう。
次第にそうなって行く中で、2026時点では未だ珍しくない「葛藤」や「逡巡」など、逆に味わい深さが出て来るかも知れない。
新しい感覚、新しい見方、新しい基準 etc。
これらが人々の間で自然になる程、旧いものの傾きが目立って来る。
面白いことである。